あと5センチで落ちる恋
「課長、ここ好きですね」
私が課長にここを案内して以来、たまにここで見かける。他の社員達はほとんど立ち寄らないし存在すら知っているか怪しいのに。
「時間を見つけて来るようにはしてる。なるべく古いデータにも目を通しておきたい」
「そうやって活用して頂ければ、掃除した甲斐があって嬉しいです」
そう言って課長に向かって微笑んで見せた。課長はとくに返事をするでもなく、すぐ近くの棚をぼんやりと見ているようだった。
私は目的の資料を取りに奥の棚に向かった。かなり上のほうにあるので、目一杯背伸びをして懸命に腕を伸ばす。
(あと少し…!)
いっそのことジャンプしてやろうかと思ったとき、後ろから伸びてきた手がいとも簡単に資料を取った。
「え」
顔だけで振り返ると、まるで私を後ろから抱きかかえるような体勢の課長が立っていた。
「届かないならそう言えばいいだろ」
「あ…りがとうございます」
いつも通りの無表情で私に資料を渡してくれた課長がすっと離れる。
驚いて課長の横顔を凝視する。
課長はこういうことを平気でやってしまう。自分は恋愛が苦手だといって、好きになっても一切取り合ってくれないというのに、平気で女の子が喜びそうなことをする。
それはある意味とても残酷だと思った。
「……さっきの子、泣いてましたね」