あと5センチで落ちる恋
「え、ああ…」
「泣くぐらい誰かのことを好きになるって、どんな感じなんだろう……」
独り言のようにそう呟いた私の声はしっかり聞こえていたらしい。課長は小さな溜息をついて、棚に伸ばしていた腕を下ろした。
「さあな。俺にはわからないが…誰かのために泣いたり喜んだり出来るのはすごいことだな」
「私もそう思います。だけど最近はそれだけじゃなくて、ちょっと羨ましいなって」
「羨ましい?」
少し目を見開いた課長が、思わずといった様子で私の顔を見た。
「ま、まあ羨ましいだけで恋愛は出来ないんで」
「…そういえばお前も、この前の水曜日」
「え?…あ」
この前の水曜日、やっぱり会話全部聞かれていたのだろうな、と思った。助けてもらったので結果としては良かったのかもしれないけれど。
「あのときはありがとうございました。もう少しでガツンと言ってやるところでした」
「それはそれで見てみたかったかもな」
「や、やめてください」
少しだけ課長の口角が上がったように見える。最初のころは見せてくれなかった表情を最近では見せてくれるようになった気がする。私も、それに気付けるようになった。
「お前にはあいつは…影山は似合わない」