あと5センチで落ちる恋
市原くんの教育係になって一週間。
彼はとても優秀というわけではないけれど、熱心で愛想がよく、不器用さを努力で補うタイプだと思った。
こういう子は最初こそ期待されずに目立たないけれど、後から努力が実を結んで他を追い抜いていく。
「中野さんすいません、この書類の書き方なんですけど」
「うん、これは今までのがファイルにまとめてあるからそれを参考にして、最後に課長に見せてハンコ押してもらってね」
「わかりました!ありがとうございます!」
頼りにされるのは嬉しいし、誰かを教育するのは自分の為にもなる。
なにより課長から教育係に任命してもらえたのが単純に嬉しかった。
「あと、もしよかったらなんですけど…」
「うん?」
急に小声になった市原くんの声を聞き取ろうと、さっきより少し近付いた。
「お昼、ご一緒させていただけませんか?」
「え?」
びっくりして市原くんを見る。
すると彼は少し顔を赤くしながら慌てたように口を開いた。
「あ、その、無理だったらいいんです!ただいつもお世話になってるのでなにかお礼が出来ないかと…」
「あのね、そんなことより早く仕事を覚えて一人前になってくれるほうがよっぽどお礼になるから。それに私すぐに休憩行けなさそうだし…ランチはまたの機会にね」
「そ、そうですよねすいません」
少し落ち込んだような様子で自分のデスクに戻る市原くんを見届けて、私も席についた。
(…ん?)
ふいに視線を感じて顔を上げると、水瀬課長と目が合った。
でもそれは一瞬で、思わず首を傾げた。