あと5センチで落ちる恋


その日のお昼。

たまっていた仕事を片付けてしまおうと、休憩時間を返上してパソコンと睨めっこをしていたとき、ふいに名前を呼ばれた。


「中野」

「は、はい!」


反射的に返事をして振り返ると、呼んでいたのは水瀬課長だった。
怒鳴り声ではないことにホッとしつつ、席を立って課長のデスクへと近付いた。


「なんでしょうか」

「休憩時間に悪いな。この取引先の今までの資料はどこにあるんだ」


水瀬課長が、一冊のファイルを見せてきた。
眉間にしわを寄せて、一見怖い顔をしているけど怒っているわけではないのだろう。

休憩時間は社員が出払っているので、仕方なく残っていた私に聞いただけ…そんな感じだ。


「この会社でしたら…古い方の書庫に今までのファイルが揃っていると思います」

「古い方?」

「今は使っていない書庫があります。もうほとんど新しい書庫に移されてはいるんですけど…この会社のようにしばらく契約更新されていなかった企業のものはまだ移っていないものもあります」

「…どうりで探しても見つからなかったわけだ」


課長が来て3日目で、初めてこんなに会話をした私は少し緊張していた。

この人にはオーラがある。
整った顔立ちによく通る声、スーツが似合うスラッとした体型。間近で見ると女子社員達が騒ぐのも納得出来る。

だけど私からすればそんな見た目の印象なんかよりも、まず怖い。



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