あと5センチで落ちる恋
「あーあ、こうなったら私も本気で恋愛克服しようかなあ」
「どうやって」
「知りませんよ教えてください」
「俺に聞くな」
今更恋愛しよう!と思ったって、何からどう始めたらいいのかよくわからない。ただ一つだけ、課長のような人と出会えたらいいなあとだけ、漠然と思った。
「紗羽」
「!?ぶほっ」
ぎょっとして危うくビールを霧吹きのように吐き出しそうになった。
「え、課長今なんとおっしゃいましたか」
「寂しいお前のために、今日だけ俺が下の名前で呼んでやる」
「ええええなんですかそれは」
「なんだ、お前が名前で呼び合ったりするのが羨ましいって言ったんだろ」
(…なんかちょっと違う気がする!)
「…紗羽、だろ?名前」
「!」
顔を覗き込まれながらそう言われて、自分の顔が一気に熱くなるのがわかった。
「待って!待ってください!免疫ないんですそういうの!」
「馬鹿いえ。…俺もない」
見ると課長の顔もほんのり赤い。
「……徹平、さん?」
「………今日だけだからな」
心臓の音がドキドキうるさい。
課長も、一緒なのだろうか。
やっぱり課長はすごい。
不安な気持ちも寂しい気持ちも、一瞬で消し去ってしまうから。
だけど代わりに少しの恥ずかしさ。
いつだったか、由紀に私と課長が似ていると言われたことがあった。
確かに今の2人は、同じように不器用だと思った。
次の日会社で会った由紀が幸せそうな顔をしていたのは、言うまでもない。