あと5センチで落ちる恋
「うわ、降ってきた」
パソコンから目をはなしてふと窓の外を見ると、小雨が降っていた。頭の中でカバンの中身を確認する。たしか折り畳み傘は入っているはずだ。
報告書を作り始めて2時間ほど、フロアにはもう誰も残っていなかった。
しんとした空間の中で、1人黙々とキーボードを打つ。カタカタという音しか聞こえない。
…なんだかいつものように、上手く手が進まない。やりがいを感じているはずの仕事を、いつもより楽しく感じない。
きっと体調が悪いせいだ。それか、天気が悪いせいだ。
妙に寂しい気持ちが込み上げてきて、もう今日は切り上げてしまおうかと思った瞬間、総務課のドアが開く音がした。
「…まだ残ってたのか」
「…あ、お疲れ様です」
水瀬課長だった。
その姿を見たとき、少しホッとした。
なにやら分厚いファイルを右手に抱えて、左手にはまだ開いていない缶コーヒーを持っている。これからまだ仕事をするつもりなのだろう。
「課長も、まだ残ってたんですね」
「会議が長引いた。打ち合わせは上手くいったか」
「無事に終わりました。明日、市原くんとまた話し合います。あの…、市原くんのほうはどうなりましたか」
課長は、厳しい顔でファイルを広げている。その顔はまるでここに転勤してきたばかりの頃のようで、まわりを寄せ付けない。
「お前には関係ないことだ」