あと5センチで落ちる恋


冷ややかな言葉と表情に、ぎくりと体が強張った。


「でも、私にも責任があります。あれは市原くんに教えていない書類でした。私が確認していれば…」


今回のミスは、上司が役員に押印をもらうべき書類を若手社員の市原くんが対応してしまったことで発生した。
教育係だった自分が事前に教えられていればと思ったのだ。


「似たような処理は今までにだってあった。経験から出来るはずだ。何より、自分1人で判断したのが今回のミスの原因だ。お前がどうこういう問題じゃない」

「だけど…」

「中野」


鋭い声にハッと顔を上げると、課長が私の顔をじっと見ていた。


「教えることと甘やかすことは違う」


それは、完璧で厳しい水瀬課長の発言としては当然のものだった。自分に厳しい分、他人にも厳しい。わかっているはずだった。

だけど、自分を否定されたようだった。


「いつまでもそうやって甘やかして、あいつの将来のためになると思うか。今回みたいに自分で引き受けた仕事も満足に出来ないで、お前がそれのフォローにまわって、それでいいのか」


思考が上手く働かない。
頭が痛い。


「………課長は、優秀で完璧で、たしかに私は、…いいえ、社員みんな、あなたのようになりたいし憧れてます。だけど」

手が震える。寒気がする。
喉も痛くなってきた気がする。


「みんながみんな、課長みたいに出来るわけじゃないんです!」


そう言って、その場から逃げ出したくて、課長に背中を向けて部屋を飛び出した。


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