あと5センチで落ちる恋
カンカンカン…と、ヒールで階段を駆け下りる音が響く。
ショックだった。
課長から教育係に指名されて、期待に応えたくて、認められたくて。嬉しくて舞い上がっていたのかもしれない。
…それだけじゃない。
出張のとき、バーで一緒に飲んだとき、あの書庫で話したとき。
優しくて吸い込まれそうな焦げ茶色の目に、きっと浮かれていた。
私だけに見せてくれているような気がして、私はほかのみんなより課長との距離が近いような気がして。
そんなわけないのに。
会社の外に出ると、雨が強くなっていた。
髪も体も濡れるのを気にせずに歩き出す。せっかく持ってきていた折り畳み傘は意味をなくした。
「…調子に乗ってたかなあ」
小さな声は雨音にかき消される。
「…っ」
まばたきで溢れた涙も雨に流される。
真夏とはいえ、夜の雨で体はすっかり冷え切っていく。
ザーザーと降り続ける雨に、いっそのこと自分の醜さも洗い流してもらえないかとさえ思った。
「……か…、……の!」
足を止めることなく歩いていると、雨音に混じって誰かの叫び声が聞こえたきがした。
「……かの!」
気が付けばその声はどんどん近付いてきる。
「中野!」
えっと思い振り返ったのと、冷えた体が包まれたのは同時だった。