あと5センチで落ちる恋
会社に戻ってくるとき、課長が手を引いてくれた。
泣き顔を見られたくないと察してくれたのか、半歩先を歩く課長は私の顔を見ることはなかった。
「……ほら、使え」
「あ、ありがとうございます」
会社の粗品のタオルを2人分引っ張り出してきた課長は、1枚を私の頭に被せてきた。
「お前、確実に風邪悪化するぞ」
「え、どうして…」
「それくらい、見てたらわかる。そのくせ散々無理しやがって」
体調が悪いことも気付かれていたらしい。怒ったような口調とは反対に、とても心配したような目を向けられて、気恥ずかしくてまっすぐ目を見ることが出来ない。
「…だから少しでもお前の負担を軽くしたかった。市原のことは気にしなくていいように。でも俺の言い方が悪かった」
さっきの課長の厳しい言葉は、私の体調を考えてのものでもあったらしい。
そのことを知って、やっぱりこの人には敵わないと思った。
「…ごめんな」
「や、やめてください!私こそ生意気言って…すいませんでした」
慌てて顔を上げて課長のほうを見た。
そして目が合うと、なぜか課長は少しだけ笑っていた。
「やっと俺の顔見たな」
「!」
勝ち誇ったような課長につられて、私も表情が和らいでいくのを感じた。
やっぱり私は、課長の笑った顔がとても好きだ。