あと5センチで落ちる恋
「紗羽、あんたはいつもそうやって仕事に結び付けて考えすぎ!いくらなんでも頭固いわよ!」
「!?頭固い…!?」
由紀の言葉にガツンと頭の中を殴られたような気がした。
「ちょっと聞くけど!もしこの会社以外の場所で課長に会ってたら、あんたは憧れとかそういうの、まったく感じなかったと思う!?」
「そんなことは……ないと思うけど」
「紗羽の感情の中には、仕事のことしかないの?それ全部抜きにした我儘な気持ちとか、自分の素直な気持ちはどこにいったの?」
「ま、待って由紀。どういうこと?よくわからない。それじゃあまるで…」
そこまで言って、何故か言葉が止まった。自分が言おうとしたことが信じられなかった。
そんな私を見て何を思ったのか、由紀はこれ以上何も追求して来なくなった。
「…ねえ由紀」
「なに」
「私、寂しそうに見える?」
「…うちの実家の犬が1人で留守番してるときみたいな顔してる!」
なんだそれ。
反論する間もなく、由紀は背を向けて歩いていってしまった。これが素直じゃない由紀なりの優しさだということは知っている。
1人になって、得体の知れない気持ちが渦巻いて不安になった。
不安なとき、無意識に思い出すのは水瀬課長で。だけど今、この不安な気持ちの原因も水瀬課長かもしれなくて。
「…馬鹿じゃないの」
両手を握りしめて、足元を見つめた。
ひたすら課長のようにと上を目指して頑張ってきたこの両足は、仕事で成果を上げたところで満足しないのだろうか。