あと5センチで落ちる恋


エレベーターが1階に着き、扉が開く。

誰もいないエントランスは静まり返っていて薄気味悪い。
自分のヒールの音が床や壁や天井、すべてに響いているような気になってくる。

すると、入り口の自動ドアが音を立てて開いた。

もう1人分の足音と、スーツケースを引く音が静寂を打ち破った。


「び、っくりした…。お前こんな時間まで仕事してたのか?」


驚いた顔でこっちに近付いてくるのは、今の私の頭の中を埋め尽くしている人だった。


「……どうして」

「俺か?今日は別に寄らなくてよかったんだけどな。家までの帰り道だしついでに、このやたら重たい資料を置いて帰ろうと」


2週間、頭から離れなかった。
そんな存在が突然目の前に現れて、驚きやら戸惑いやらで上手く言葉が出てこない。


「…中野どうした?体調でも悪いのか」


それでもやっぱり嬉しい気持ちが一番大きくて、みんなが言っていた通り私は寂しかったんだなと改めて思った。

自然と笑顔になっていく。
この人とこうして向き合えていることが、そして帰ってきたこの人に一番に会えたことが、こんなにも幸せだ。


「おかえりなさい、課長」


課長は一瞬キョトンとした表情になって、その後に優しく笑ってくれた。


「ああ、ただいま」



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