あと5センチで落ちる恋


午後6時。

いいペースで仕事を終えた私は帰り支度をし、エレベーターホールへ向かった。
ボタンを押して待っていると、水瀬課長が通りかかった。


「課長、お疲れ様です」

「あ?ああ、中野か。お疲れ」


(…昼休みも思ったけど名前覚えてくれてるのかな)

まだ転勤してきて間もないというのに、社員みんなの名前を覚えるのは大変なことだと思う。でも迷うことなくスラッと呼んでいるので、そういうことなのだろう。

その時、ちょうどエレベーターホールから死角になっている通路から話し声が聞こえた。


「…そうそう!出来る男って感じがたまんないよね!」

「わかるー!…でもさ、ちょっと無愛想な感じしない?ぜんぜん笑わないしー」


…嫌な予感がした。
たんなる女子社員の噂話だとしてもタイミングが悪い。


「あーあ、私も総務課だったらもうちょっと水瀬課長と関われたのになあ」

「まあねー。とりあえずさ、名前覚えてもらうとこからじゃない?挨拶したり社内メール率先して送ったり」

「チャンスあるかなー?」


あはは、という笑い声を残して女子社員達は遠ざかっていった。
残されたのはなんとも居心地の悪い空気だ。


「………」


隣になにも言わずに立っている課長をちらっと見た。


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