あと5センチで落ちる恋
ある日のノー残業デー。
定時を過ぎてから少しだけ仕事をしていた私は、ひと段落ついたので帰り支度をし始めた。
「紗羽お先!明日はあの定食屋でお昼しようね!」
「こないだのお礼に奢ってくれるんだっけ、楽しみー。お疲れ由紀」
他の社員も続々と帰っていく。
週に1回は確実に早く帰れる日があると、だいたいみんなそこに遊びの予定を入れるらしい。フロアががらんとなるのはあっという間だ。
パソコンの電源を切ろうとしたとき、隣に気配を感じた。
「中野」
「は、はい?」
見るとそこにいたのは水瀬課長。
なぜか手にはどっさりとファイルを持っている。
「今日は何か予定があるのか?」
「いえ、もう帰るところですけど…何か」
ここ最近あまりまともに話していなかったので、妙に緊張してしまう。
近付きすぎないように、距離を置く。
「悪いが、ちょっとだけ手伝ってもらえないか」
「えっと…?」
「明日までに必要なデータがまだまとまっていない。頼んでた奴が忘れて帰っちまった」
課長がこんな風に頼み事をしてくるのは、かなり珍しい。いつも自分1人でなんとかしようとしてしまう人だからだ。
よほどのことなんだろうと思った私は、快く承諾することにした。