あと5センチで落ちる恋
エピローグ
ガタガタッという音と、ドサッという音が同時に鳴った。
見ると、私のカバンが足元で倒れて、中身が散らばってしまっている。
慌てて前を見ると、そこには課長の顔。
(ち、近い…!)
後ろにはデスク、両脇には課長の腕。
つまり、課長とデスクに挟まれて身動きが取れない。
「えっと…?」
「もう、俺だけのものなんだよな、お前」
男らしい台詞に思わずドキッとした。
そうか、私は課長とお付き合いをするのか、とやっと実感が湧いてきた。
「今まで、お前が他の男に好意を持たれてるのを見るたびに気に入らなかった。たとえば影山とか、あとは市原とかな。初めはその理由も、大切な部下を取られたくないからだと思ってた」
「で、でもだからといってこの体勢は…ちょっと…」
「今思ったら馬鹿みたいだよな。普通ただの部下にそこまで思わない」
「無視ですか…」
「いつの間にか、こんなにも大切になってた」
そう言った課長が、さらに距離を詰めてきた。
目の前にある端正な顔立ちに見惚れそうになって、我にかえった。
「な…なにをするつもりですか」
「お前、わかってんだろ」
課長はそう言って、私の目を覗き込んだ。
確かな意志を持った熱っぽい視線に、自分の顔が熱くなるのがわかる。
ドキドキして、息苦しくて、いっそ逃げ出してしまいたくなる。
「…おい。他のことを考えるな」
頭の上から降ってきた声にはっと顔を上げると、形のいい唇が目に入った。
残りわずかなこの距離が完全にゼロになったとき、きっと私はこの人に完全におとされる。
それがわかっていながらも、私はゆっくりと目を閉じた。