女神の箱庭
ヴィーナスゲージ

高級ホテルの最上階、グラスに注がれた赤ワインよりも鮮やかなドレスを翻し優雅かつ妖艶に会場へと入って来た¨フェンリル¨の美しい姿に、男たちの視線が次々と向けられた。
ショ-トのブロンドの髪にやけに派手なメイクが逆に童顔を際立たせている。

(う~・・・やっぱ恥ずかしいな・・・)
フェンリルは表情にこそ出さないが内心はかなり緊張していた。
その理由は、ドレスという慣れない服装のせいだけではなく、これからこなさなければならない¨仕事¨が待ち受けているからだ。

通りすがりのボ-イから飲めないシャンパンを受けとると、それっぽく佇みながらステージに立っている主役へと視線をやる。

会場の照明が薄暗くなるのと同時に、ステージ上にスポットライトが輝いた。





『我々が住む、このヴィーナスゲージは素晴らしい世界だ。
私は、皆さんは・・・そう教えられてきた。
両親も友達も学校の先生も路地裏て電子ドラッグに溺れる浮浪者も、誰もがこの箱庭都市に満たされている』

スポットライトに照された男は出席者たちへと声をはり語り始めた。



『だが、ここが我々の望んでいたユ-トピアか?
確かに今まで人間たちはルールを破り、禁忌を破り争いに争いを繰り返し、いくつもの悲劇を産み出してきた。
現に度重なる戦争によって¨外界¨は荒廃し、未知なる化け物が徘徊する危険地帯となってしまった・・・。
何故だ?何故ルールを破る?何故に禁忌と知りそれを蹂躙する?
答えは簡単だ・・・』

男はそこで言葉を切ると、それと同時に瞼を伏せた。
一瞬で会場に流れ込む静寂の中に食器やグラスが動く音が寂しく響く。


『ルールも禁忌も人間が創ったからだ・・・。
人間が創り人間が管理するものは、必ず人間によって破壊される。
そこで偉大なるかつての学者たちは考えた・・・ならば、人間でない存在に人間を管理させれば良いと・・・。
つまり、人間が自らを管理させる為に神を創造するのだと・・・。
そして、管理システムであるヴィーナスを主とした箱庭都市、この"ヴィーナスゲ-ジ"が生まれた』


男はそこまで喋ると瞼を開け、会場を見渡した。
年配の男や青年実業家に有名女優にスポ-ツ選手、皆一様に男の演説に聴き入っている。


『もう一度、諸君らに問う・・・。
ここはユ-トピアか?
答えは否だ!!』

いきなりボリュームがはね上がった男の声に、会場の雰囲気が変わる。


『この都市は檻であり、我々はモルモットだ!
我々の生殺与奪権を機械に握らせて味わう平和など、ただの幻想だ!!
違うか!?』

歓声に包まれる中、男は拳を上へ高らかに突き上げて叫ぶ。


『立ち上がろうではないか!!
ヴィーナスは神などではない!!
人間の運命は、我々人間が切り開こうではないか!!』
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