女神の箱庭

『どうや、綺麗やろ?これが外界や』

破壊された瓦礫の上に立っている¨リオン¨は、そう言って笑った。
目の前に広がる無限の荒野からの無秩序に吹きつける風が生命の音や匂いを連れてきた。
少女は、管理された檻に開けられた風穴から見る初めての光景に足をすくませ立ち尽くした。

『怖いやろ。
真実に踏みいるのには覚悟がいるからな。
でも、ワイがついてるから安心せぇ』

リオンは優しく声をかけながら、少女の手を引いた。
だが、少女は凍りついたかのように俯いたままその場から動こうとしない。

『急がな、追っ手が来てるで』

背後からは何台もの軍の車両が轟音を立てながら近づいて来ていた。

『ユキカゲ』
リオンは少女の名を呼び、握る手に力を込める。
その瞬間、¨ユキカゲ¨は弾かれたように繋いでいたその手を振りほどいた。

『ユキカゲ・・・?』
無言で首を左右に振るユキカゲに呆然としていたリオンの表情は、やがて諦めへと変わった。
背後の車両から軍人たちがあわただしく降りて、小銃を構えながら走って来ている。

『ほな、お別れやな・・・』



・・・ーーーーーーーーーーーーーーーーー。





『ユキカゲ』
自分を呼ぶ声にうっすらと瞼を開けた女は、ボヤけた視界に浮かんでいる見覚えのあるシルエットに微笑みかけた。

木漏れ日が差すベンチに横になっていたユキカゲは、ゆっくりと身体を起こして欠伸をしてみせる。
漆黒のワンピースから伸びる脚を曲げて座り直すと、地面に転がっていたガラス瓶を踏みつけて少し驚いたような声を漏らした。

『昼まっから、しかも大学校内で飲酒とか、まったく¨都市警察¨の局長とは思えませんね』

そんなユキカゲの足下から瓶を拾い上げた¨エルリオ¨は、ラベルへ目を通しながらため息をついた。

『ん-・・・だって待ちくたびれたんやもん。
しゃ-ないやんか』

ほろ酔い加減に頬を染めるユキカゲはベンチの真下に入れていた¨カタナ¨を取り出すと、少しふらつきながら立ち上がる。

『そんなこと言いながらいつも飲んでるじゃないですか。
しかも、そんな格好で場所を問わず寝るなんて、防犯上良くないですよ』

エルリオの咳払い混じりの言葉に、ユキカゲは何かを考えるかのように目線を下げると、太股の位置にあるスカートの裾を少し捲った。

『わっ!何をやってるんですか!!』
慌てるエルリオの様子に、ユキカゲは指を差しながらケラケラ笑った。

『な-エルリオ、カタナつけてや』
ユキカゲはそう言って、握っていたカタナをエルリオに渡した。
銃火器の装備が許されていない都市警察は、このカタナという名の剣を携帯している。 


『またですか・・・。
しっかりしてくださいよ、カタナは危険な刃物なんですから無くしたりしないでくださいね』

エルリオはため息をつきながら、ユキカゲの細い腰に手を回し鞘に納まるカタナを革製ベルトにかける。
小柄なユキカゲの長い黒髪からの石鹸の香りと吐息に混じる香酒が鼻孔を擽り、エルリオは思わず頬を赤らめた。

『触りたかったら触ってええんやで?』
子供のような表情のユキカゲは、大人の瞳でエルリオを見つめた。

『なっ・・・!何を言ってるんですか!
未成年に対してそういう発言は防犯上・・よっ、良くないですよ!』

『エルリオ動揺し過ぎやて。
ホンマおもろいわ-、耳まで真っ赤っかや-ん』

ユキカゲは再びエルリオを指差してケラケラと笑った。

『からかわないでくださいよ!』
エルリオは目をそらし、ユキカゲから弾かれたように離れた。






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