ご褒美は唇にちょうだい
「あら、鳥飼さん、今日は事務所だったのね」


信川がわざとらしく声を上げる。そんなことは把握していたに決まっている。

しかも、操の接近だって知りながらこの話題を続けていたに違いない。

操はどこまで聞いただろう。
俺はなるべくポーカーフェイスを装いながら、操の顔を窺う。

操は大きな目を半分くらいに細め、しらっとした表情で俺を見つめている。
これは、食事の約束をしたシーンは見られていたようだ。


「操さん、早かったですね」


声はどうにか、いつもの口調で出た。
動揺するな、浮気が見つかったわけでもない。


「撮影、結構巻いてたから。早めにタクシーに乗れた」


返す操の声音は低い。
本当に彼女は女優だろうか、心が揺れたり、怒りを覚えると、すぐに仮面がはがれそうになる。


「鳥飼さん、真木くん今忙しいそうだから、こっちにきてお茶でも飲まない?ちょうど、パティスリーイワイのモンブランがあるんだけど」


操は信川にくるりと向き直るとやはり低い声で答えた。
< 106 / 190 >

この作品をシェア

pagetop