ご褒美は唇にちょうだい






その日は小鍛冶くんのクランクアップの日だった。

妹の環がめずらしく撮影の見学にやってきた。環の現在の一押し俳優は小鍛冶くんだと言う。
そのイケメンと姉の共演の最終日だから、わざわざ講義とゼミナールを休んできたらしい。

久さんと環はスタジオの隅で他のスタッフとともにラストシーンを見守っていた。
私と小鍛冶くんの最後の絡みは“美登利”の回想シーンだ。

稲穂が揺れる丘は後で合成するため、私たちはブルースクリーンの前で向かい合う。
見つめるのは互いだけ。
十数年、パートナーとして恋人として愛を育んできた人。すでに失われた彼の魂との束の間の邂逅。そんな場面だ。


『あなたがくれたものは、私の中にある』


“美登利”のセリフに、小鍛冶くん演じる“田宮”が哀切を込めて柔らかく微笑む。
それから、私たちはゆるい速度で歩み寄り、そっと抱き合う。

一分ほどの演技はまるで永遠のように長かった。
優しい“田宮”の愛情を“美登利”として感じた。

ああ、良いシーンになる。
それがこの瞬間にもうわかった。
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