ご褒美は唇にちょうだい
涙が出そうになった。
こんな場所で、こんな空気の中なのに、その言葉は久さんの愛の証明だったから。
この人だけは、どこまでも私を理解しようとしてくれている。

涙をこらえ、私は唇を噛みしめた。決意を新たに久さんにを見つめる。


「ありがとう、久さん」


次に医師に向き直って、頭を下げた。


「当面は通院と投薬でお願いします」


それから、立ち上がり、言葉を無くしている両親に頭を下げた。


「我儘を言ってごめんなさい。お父さんとお母さんの愛情には感謝しています」


「……おまえが死んでも、うちからは葬式は出さない。そのつもりでいなさい」


絶縁状のような言葉に胸が痛まないわけではなかった。

でも、それよりも私は目の前に続く道を思った。
細い一本道だ。行く先は途切れているかもしれない。でも、信じて歩こう。
隣には久さんがいてくれる。

その日中に退院し、私は翌日から撮影に戻った。




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