ご褒美は唇にちょうだい
俺は手にしていた急須をテーブルに置いた。
よく見ると、操は泣いていた。

ソファに横になったまま、俺を見つめ、静かに落涙していた。


「操さん……」


「本当はちょっと怖いって言ったら……馬鹿みたいって思う?」


操はこの病について言っている。
俺は首を振った。


「いえ、怖くて当然です。あなたはよく耐えている」


「自分で選択したのにね。……弱虫で困っちゃうな」


「替われるなら、俺が替わりたい」


操の横にひざまずいた俺の頬に、彼女の手。
今度は操が首を振った。


「久さんが病気になるほうがずっとずっと嫌。私、演技できなくなっちゃう」


これほどつらいのに役者ができている彼女がよく言う。
だけど、それほど想ってもらっていることに胸が熱くなった。


「あのね、ひとつだけよかったなって思うことがあるの」


「なんですか?」


操が瞳を細める。
溜まった涙がぼろぼろっとこめかみに流れて行った。
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