ご褒美は唇にちょうだい
奏くんは首を振った。少しだけ真面目な顔に見えた。


「彼氏……ちょっと前に別れたんだよね」


「……うん」


奏くんは納得したように頷いたけれど、それ以降は無言だった。なんだろう。

なんだかわからない空気のまま、エレベーターでお姉ちゃんの部屋の前に到着してしまった。
インターホンの応答がある。お姉ちゃんか真木さんが出てくるだろうこの一瞬に奏くんが口を開いた。


「今度さ、ごはん誘ってもいい?」


心臓がどくんと跳ねたのは内緒。私は横目で気づかれないように奏くんを見た。

ドアを見つめて、こっちなんか見ない奏くんだけど、なんとなくその言葉は演技ではない気がした。
演技ならもっとうまくやれるだろう。


「うん」


なるべく冷静に答える。

まさかね、人気俳優の彼からしたら、友人と食事なんてたいした話じゃない。

でも、なんだろう、妙にドキドキする。
期待は……していないつもりだけど。

胸をおさえていると、ドアが開いた。






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