ご褒美は唇にちょうだい
*****
「環と小鍛冶くん、下に着いたって」
私が声をかけると久さんが振り向いた。
ちょうど彼はキッチンで簡単なオードブルの用意をしていたところだ。
「早かったですね」
言いながら、手を拭く慣れた姿。
もう何度もこうした様子を見ているけれど、私たちが付き合っている実感は、不思議とまだわいてこない。
一緒に住んでいるし、ごく一部の人たちには私たちの交際を伝えてある。
しかしふたりでいても敬語すら崩さないほど、久さんが距離感を変えてこないせいか、表向き、関係は以前と大きく変わらない。
私は仕事に復帰し、久さんはマネージャー業務を粛々とこなしてくれている。
それでも、私がこの関係に不安を覚えないのは、相も変わらず絶対的な安心感と、絶対的な幸福を彼といることで感じているからだ。
気持ちは一寸も違わずに通じ合っている。