ご褒美は唇にちょうだい
1.私の騎士
『帰るなんて言えるのはごく一部の人間よ』
私は緩慢な動作で振り向き、静かに言った。
照明のライトが頬に当たる。室内のセットの中、なるべく抑揚がなく響くよう続ける。
『私には帰る場所がないもの』
イメージするのは老木だ。
もう立っていることすら疲れた。だけど、自らはそれをやめられない。
そんな木になりきる。この役はそれが一番馴染む。
「カットー!鳥飼(とりかい)さん、オッケーでーす」
助監督の声がかかり、私ははたと我に返る。
自分が鳥飼操という一人の女であることを思い出すのは、いつもこの瞬間。
モニターの前に向かい、たった今の演技をVTRで確認すると、もう何度も組んだことのある鈴本監督が微笑んだ。
「操ちゃん、さすが。人間じゃない感が半端なくていいわ」
「ありがとうございます。褒めてますよね、確認ですけど」
「褒めてるよ。このヒロイン、“京香”は操ちゃんじゃなきゃできないね」