ご褒美は唇にちょうだい
しかし、俺は後退しなかった。


「あなたに必要なのは、キスシーンの練習。明日にせまる本番を前に、練習相手がいない。だから名乗りでました。あなたの好みとは違うでしょうし、生理的に嫌だと思えば仕方ないです。でも、俺には準備があります」


操は戸惑った顔を横に向けた。頬がまたしても赤くなっている。


「無理……しなくていいわよ、そんなこと」


「無理ではありませんよ。身体に負担がかかることでも、時間がかかることでもありません」


「そういうことを言ってるんじゃなくて……!」


操が立ち上がった。苛立った様子で、ドアに向かう。
出ていく前にその手首をつかんだ。


「嫌ならしません。それだけです」


「……担当してる女優だからって、そんな奉公する必要ない。久さんおかしいよ」


「おかしくないですよ。俺は、鳥飼操のすべての表現を守るために存在しています」


操が振り返った。耳や首まで真っ赤だった。
どうやら、この顔を見せたくないがために部屋から逃げだそうとしていた様子だ。
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