ご褒美は唇にちょうだい
良いことをした。
マネージャーの仕事としてはだいぶ逸脱していたかもしれないけれど、操にはいい経験になっただろう。

そして、どこかで思う。

あんな濃厚なキスシーンを演じる前に、操の初めての体験を奪えたことは少し優越感だった。

彼女の唇を最初に味わった男は、俺なのだ。


「久さん!」


本番が終わり、操が駆け寄ってくる。
俺は一足先に東京に戻るため、タクシーを待たせていた。

ひとりクルーから離れ、港のロータリーにいる俺のもとにやってきた操は、いつもより少しテンションが高い。
上手くできたという自信を感じていたからだろう。


「操さん、素晴らしかったですよ」


「久さんのおかげ」


操はめずらしく子どものように無防備に笑った。プライベートで笑顔を見るのは稀だ。

すると、操がぐんと背伸びした。
そして、ふっとかすめるように俺の唇にキスをした。


「お礼。……には、ならないか」


呆気にとられる俺に操は言った。


「練習に付き合ってくれてありがとう。これからも、困った時は頼ります」


「……ええ」


言うだけ言って、操は撮影クルーの元へ走り去っていった。
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