ご褒美は唇にちょうだい
3.不確かな距離
うまい。
そう思った。
目の前にいる小鍛冶奏に対する感想だ。
台本読みもリハも普通だった。そつなくこなしている感じ。
それが本番になった瞬間がらりと変わった。
色が変わるみたいに鮮やかな変化に誰もが息を飲んだけれど、一番驚いたのは共演者の私だろう。
今日演じるシーンは出会いのシーンはすっ飛ばして、ふたりの気持ちが通い合うシーン。
ドラマの現場ではストーリー通り撮影が進むわけではない。同じセットを使うシーンはまとめて撮ってしまうことも多い。
今日から撮影に加わった小鍛冶奏は、自然とそこに馴染み、もう何度も会って恋が始まりかけている状況をしっかり捉えている。
『美登利さんと、お呼びしてもいいですか?』
『名前で呼ばれるなんて家族以外ありません』
『では、家族と思っていただければ問題ない』
にっこりと笑う笑顔は精悍で、且つ女性の心をいとも簡単に虜にするだろう。