ご褒美は唇にちょうだい
「俺、幼稚園の年長さんでね。憧れの女の子だったんです」


「それはそれは」


光栄ですと言おうと思いやめる。感じ悪く聞こえそうで。


「役者を目指そうって思ったのも、鳥飼さんの影響ですよ。小学校の時点で俺の夢は俳優でしたもん」


小鍛冶くんは変わらずに無邪気な調子で続ける。


「今回のドラマ、鳥飼さんのために頑張ります!」


「私のためなんて言わないで。ステップアップになる現場で、他人のことを考えてるなんておかしいわ。自分の役が見えなくなる」


つい、言ってしまった。
相手はおべっかで言っているというのに、間に受けて答えてしまった。

でも、ここは譲れない部分でもある。ひとつのものを作り上げようというとき、誰かのためなんて甘っちょろい。自分のメリットとデメリットを考えられない人間には中途半端な仕事しかできない。

小鍛冶くんが、少し目を見開いた。


「はい、わかりました」


私に注意された格好なのに嬉しそうに答える。


「やっぱり、鳥飼さんは思ってた通りの人だ」
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