次の年には忘れてしまう
祖母は、自分の死期を雪穂に隠さなかった。きっと泣かせてしまうんでしょうけれど、限られた時間を使えるだけ使って話をしようと、祖母は雪穂にお願いをし、雪穂は祖母に頷いた。
残りの病室での祖母との会話を雪穂は思い出す。そのひとつに、初めて祖母と会ったときのこと、雪穂が母親に捨てられたときのこともあった。
祖母があのとき居てくれなかったら私はきっと死んでいた。きっと臆病者の私は肉体的に死ねなくて心が生きていかれなくなってしまって、こんな普通の幸せな日々を送れてはいなかったと雪穂は言った。
不甲斐ない大人ばかりで申し訳なかった。あのとき、今さら、自分しか迎えにいけなくてすまないと祖母は言った。
祖母でなければこうして救われていなかった。なのに自分は祖母に何も返せていない。あのときの蜘蛛の糸のような、あたたかな傘ようなものを、祖母に掲げてあげられないのが悔しいと雪穂は唇を噛んだ。
雪穂がいなければ自分はここまで、穏やかな気持ちで最期を迎えることは出来なかったからそれで充分だ。それでも足りないのなら、いつか雪穂と同じように心が死んでしまいそうな誰かに、傘でも糸でも差し出してやるといい。そして誰かを救い、雪穂ももっと救われますように。
祖母は最期まで貪欲に、雪穂の幸せを願って逝った。