Last present ~夢を繋いで~ ※Episode2&3追加5.30



目の前に居る「蓮井史也」のことを、
俺は何度かネットで調べた。



何を考えてるかわかんねぇのに、
誰にでも人当たりが良くて時折り、
黒さが見え隠れする存在。


こんな奴の何処がいんだか奏音も……。
それが俺が感じた史也の感想。


親父がプロテニスプレーヤーでウィンブルドンの大会とかでも出てた。
んで、母親はハリウッドスターの大女優セイラだったか。
セイラの妹は、ロイヤルバレエ団のプリマやってたレイラだったか。

そんな有名人一家の一人息子がアイツ。


だけど……俺はコイツには負けらんねぇ。
男の意地にかけて。



フツフツと闘志をたぎらせながら
アイツの入ったスタジオに後から追いかけて入る。



スタジオの中、アイツは空間全体を震わすような
スケールのでかい演奏を繰り広げ続ける。


その空間の中で、俺はアイツに与えられている課題を
黙々と練習していく。



だけど日々の練習の中で、確実に俺自身が進化を感じられた瞬間が
その日訪れた。



いつもはスケールがデカいなー、凄いなーっとだけしか思うことのできなかった音が
今は音符となって、俺の中に溢れかえっていく。


アイツがしている演奏を聞きながら、
俺も負けじと頭の中に思い浮かんでいる音を組み合わせて
アイツが演奏しているフレーズを一気に追いかけていく。



初めての感覚。


音の洪水が溢れかえっていく感覚に、
俺は課題の練習も忘れて夢中になってた。



アイツの演奏が終わって少し経った後、
俺も辿り続けた演奏を終える。



「秋弦、楽しませて貰ったよ」

「ってか、
 お前のその言い方が気に入らねぇ」
 
「ふふっ。

 君みたいに感情をむき出しにしてくるタイプは
 俺の傍では珍しくてね。

 つい、相手にしてみたくなった。

 ……松峰奏音……」


アイツが奏音の名前を紡ぐ。


それだけでイラっとする。



「奏音はてめぇに渡せねぇっ!!」


次の瞬間、俺はアイツの前で堂々と声高らかに
宣戦布告しちまってた。


その宣戦布告に無表情に笑みを浮かべると、
静かなトーンで切り返す。


「今の君には俺に太刀打ちできないよ。

 松峰奏音が所属する三級にも入れていない。
 その意味が君には、わかるよね。

 宣戦布告をしても君は土壌にすらいない。

 待ってるよ。
 君が俺の高みにのぼってくるのを。

 それまでは、教えてあげるよ。
 君にとっては屈辱だろうけどね」



そう言いながら、アイツはまた新しいプリントを
俺に手渡してくる。


そこには初見の延長戦なのかト音記号、ヘ音記号と
バラバラに書かれた楽譜に沢山並ぶ、おたまじゃくし。



「この一段を30秒目安にトレーニングして行くといいよ」


なんて鬼発言して差し出した。



「やってるやるよ。
 ちくしょー。

 今に見てろ、てめぇには絶対に負けねぇ」
 


売り言葉に買い言葉。


アイツのテンポにいいように操られながら、
俺はドンドン吸収していく。


奏音が好きなエレクトーンの世界を。



そして最近は、俺自身も気になりだした
エレクトーンの世界を。



「なぁ、史也今日の試験結果」


アイツに今の俺を認めて欲しくて、
鞄の中に片付けた試験結果をアイツに手渡す。



一級昇進のカードを握りしめながら、
封筒の中に入っていた試験結果の詳細を確認する。



A・B・Cの3ランクで表記されている詳細表。



初見力 A。
課題曲 A。
自由曲 A。



トリプルAでこの俺が昇級が決まってるなんて嘘だろ。



ライバルに教えて貰うのはマジで悔しいけど、
アイツのクラスまで、後一つ。


コイツについて行きゃ、
俺の実力は確実に伸びる。
< 29 / 93 >

この作品をシェア

pagetop