Last present ~夢を繋いで~ ※Episode2&3追加5.30
最初は、リズム音はなし。
ただ静かに風の音が流れるの。
その風はやがて、草を撫でて、
空を飛ぶ鳥たちに寄り添うの。
イメージを膨らませながら、
指先に全ての表現を集中させていく。
もっと静かに、もっと丁寧に。
ゆっくりと体重を乗せるように緩やかに。
そうやってその曲に集中していた時間。
自分の練習時間が終わって、
入れ替わりに姿を見せた誠記さん。
その隣に、史也くんの姿はない。
「あれっ?
史也くんは?」
「あぁ、今日は学校にも来てなかったんだ。
蓮井だけじゃなくて、若杉も来てなかったな」
若杉さんって言うのは、史也くんが一緒に生活していた、
お菓子を焼いてくれた人。
「そうなんですか……」
ちょっと肩を落としながら、
美佳先生のお手伝いの準備。
一時間のレッスンの後は大田先生による、
Sクラスのレッスンがあってそのまま解散になった。
その日を堺にプリンスは大田音楽教室にも、
誠記さんと一緒に通う学院にも姿を見せなくなった。
プリンスが消えた日。
それだけで私の心は不安になる。
あの頃とは違う想い。
憧れだけじゃなくて、
親しくなって初めて知った、
大好きって言う、
心が苦しくなるような気持ち。
ねぇ、
早く帰ってきて?
何か一言でもいいから、
私を安心させて。
ただ一言……
一言でいいから、
貴方からの連絡が欲しくて。
プリンスが消えても
時間だけは流れ続ける。
集中しなければと焦れば焦るほど、
前に進めない暗闇の中で自身のメンタルを立て直したくて
必死に取り繕っていた。