Last present ~夢を繋いで~ ※Episode2&3追加5.30
「奏音、久しぶりに皆にあった感想はどうだった?
明日はゆっくりできるの?」
「ごめん。
明日、秋弦と朝から出掛けてくる」
「あらっ、秋弦君と?」
「うん……だけど、デートじゃないから。
誠記さんも一緒。史也君に逢いに行くの」
「史也君……。
そう……そうだったわね。あれから一度も会ってなかったわね。
大田先生と美佳先生の結婚式にも、奏音は顔を出さなかったものね。
単位落としそうだからって。
そろそろ……潮時なのかもしれないわ。
行ってらっしゃい。
お風呂入って、ゆっくりと疲れを取ってから休むのよ」
そう言ってお母さんは部屋を出ていった。
自室のエレクトーンに手を伸ばす。
10年も経つと、あの時お母さんとお父さんに購入して貰ったエレクトーンは
古い機種になってしまって、今のような性能はなくなってしまってるけど
それでも……そっと蓋をあけて手を伸ばす。
輝き続けた、走り続けた時間がこの中にあるから。
翌日、秋弦が迎えに来た車に乗り込んで
私は史也君がいるらしい鷹宮総合病院へと向かった。
病院と教会が一緒になっているらしいその場所は、
まだ早い時間だと言うのに、庭には沢山の人が姿を見せていた。
飴色の重厚な扉が内側からゆっくりと開かれると、
一斉に庭に居た人が中へと入っていく。
するとその部屋の中から、パイプオルガンの音色が広がってくる。
「ねぇ、あれって……」
そのパイプオルガンの柔らかな音色は、
凄く懐かしくて……。
「俺の方が少し遅くなったかな。
おはよう、奏音ちゃん秋弦。
とりあえず、前の方に行こうか」
そう言って誠記さんが私たちをリードするように前の方へと歩いて座る。
教会内を包み込むのは、バッヘルベルのカノン。
4つの鍵盤と足鍵盤。
その正面で楽器と向き合うように対峙する横顔は、
懐かしい面影を感じさせるその人。
カノンから始まって、何曲かの演奏を終えると
史也君はゆっくりと立ち上がってお辞儀をする。
「史也」
教会から出て内側の扉から更に中へ行こうとする史也君に
誠記さんが声をかける。
「誠記、秋弦……それに……奏音……」
「腕は鈍ってないようだな。医者になっても」
「趣味程度には。
それより今日はどうしたの?」
「奏音が帰ってきたから連れてきた。
今度、大田先生と3人で演奏するんだよ。
その打ち合わせもあってさ。
んで久しぶりに、お前にあわせたくて連れてきた」
誠記さんはそう言うけど私的には、
どうしていいかわからない?。
どんな顔して、史也君の前に立てばいいの?
「あっ、誠記さんちょっと飲み物買いに行きません?
喉乾いちゃって」
「そうだな」
こんな時ばっか、傍に居て欲しい秋弦と誠記さんは早々に
退散してしまう。
「奏音、久しぶり」
「はい……」
「10年間ずっと見てた。
上手くなったよな」
「上手くなったのかな?必死に走り続けてて、
自分の演奏がわかんなくなって、またもがいて走り続けて。
ずっとそれの繰り返しでした。
だけど……史也君がずっと支えてくれてたから。
ずっと手を差し伸べてくれてたからこの世界を走り続けられたのかもしれない」
「俺も見守ってた。
だけど……俺以上に見守ってたのは、誰かわかってるんだろう?」
史也君の言葉に素直に頷く。
「俺は奏音に幸せになって欲しいよ。
ウェディングドレス着る時は、俺にも知らせろよ。
祝福してやるよ」
そう言うと史也君は、PHSのコールに呼び出されたのか
慌てて駆け出して行った。
「蓮井先生の知り合いですか?」
一人残された私に声をかけてくるのは、
柔らかい表情のご婦人。
「はいっ。
久しぶりに史也君の演奏が聴けて幸せでした」
「あらっ、貴方……もしかして奏音さん?
先日、ミュージカルでお見かけしたわ。
そう……奏音さんは、蓮井先生のお友達だったのね。
パイプオルガンは触ったことあるかしら?
簡単な楽譜なんだけど、演奏して頂けないかしら?
演奏してくれるはずの人が呼び出しでまだ来れないみたいで」
そう言うと、その人に手渡された楽譜を手に
私はなぜかパイプオルガンの前に座る。
鍵盤が4段。
何処を使うんだろう。
そんな素朴な疑問も感じながら、
下段2つの鍵盤に手を乗せて、ゆっくりと演奏を始める。
部屋中を包み込むような重厚な音色に、
重なるように響いていく、美しい歌声。
透き通るような声に、心地よい倍音の調べ。
その声は私に涙を流させる。
だけど……演奏を終えた後の私は、何故か凄くすっきりしていた。
「奏音、行こうか?
誠記さんは用事があるみたいで先に帰ったよ」
パイプオルガンから立ち上がって、
ボーっとしたまま椅子に座ってた私に声をかける秋弦。
「ねぇ、秋弦。
久しぶりに一緒に過ごそうか……今日の予定は?」
「予定なんて都合つけるさ。
今日は教室もないしな」
鷹宮の教会を後にした私たちは、その日、映画を見たり買い物をしたり
久しぶりにゆっくりとデートらしいことをした。
そしてディナー。
何時の間に予約したのか、秋弦にしては高級そうなお店。
フランス料理が少しずつ出される中、
私たちはゆっくりと時間を過ごす。
食事が終わった後、珈琲を飲みながら過ごす私に
秋弦は紙袋をそっとテーブルに乗せた。