命をかけて恋をした、ちっぽけな少年の物語
*
「ちょっとだけですからね」と、凛は言ったものの結局二人は三時間ほど、街を見て回った。
翔は隣にいる女性の方をチラチラと見ながら歩く。
そんな翔の視線に気づいたのか、彼女は
「私の顔に何かついてますか?」
と聞かれて、翔は答えた。
「いや、何も…。あ、赤羽さんニキビが…痛たたたた!」
彼女は、ニキビなんてありませんと意地を張った。本人も気にしていたのだろう。翔が指摘した瞬間に二の腕をつねられた。
翔は、先程から彼女に寄せられる周りからの視線が気になって仕方なかった。
凛はかなりの美人なので、注目されないはずはないのだが、凛が他人にジロジロといやらしい目で見られていると思うと胸に棘が刺さるようだった。
ふと、後ろからチャラチャラした声が掛かる。
「ねぇねぇ、お姉さん暇なら俺らとお茶しない?」
ナンパだ。目の前の金髪二人から、僕が凛さんを守らなきゃと、翔が決心するよりも先に、凛が口を出していた。
「お茶ならもう飲みました」
凛の突き放すような口調に翔は怯えてしまう。
こんな接し方されたら僕、メンタルがズタボロになる…。
「じゃあさ、どっかお店見て回ろうよ!」
「今、彼と回ってます」
即答。
金髪の二人組は少しひるんだ。
「じ、じゃあ、カラオケ行こうよ!そっちの彼と俺らのどっちが上手いか勝負しようぜ!」
凛は大きくため息をついて、
「歌には自信があります。今ここで一曲歌いましょうか?」
彼らは鋭い目つきの凛に恐れをなして逃げて行った。
凛は翔に向き直って言った。
「不快にさせてしまいましたね。すみません」
「いや!全然平気ですよ!」
いやいやいや、そんなことよりも…。
「赤羽さん…つ、強いですね。金髪男二人を一人で撃退しましたよ?」
彼女は、
「男なんて、大体あんなものです。女の子と遊べればそれで良いんです」
なんだか男に対する棘のある言い方に、翔は動揺を隠せなかった。
「そ、そうなんですね」
彼女とデートして分かったこと。
赤羽凛は、男嫌い。
それから三時間が経ち、彼女と近くの公園のベンチに座った。
公園と言っても遊具のある公園ではなく、緑に溢れる公園という感じだった。
もうとっくに南中して少し傾いた太陽の光が二人の身体を優しく包み込んだ。
「男の人とデートなんて…五年ぶりでした」
彼女はしみじみと言った。
「赤羽さん、五年も彼氏いなかったんですね」
翔が彼女にそう言うと、彼女も負けじと言い返す。
「早坂君こそ、生まれてから二十年間ずっと彼女いないじゃないですか?」
彼女はやはり、表情1つ変えずに話す。
余計なことを言うなと後で横井に伝えなければ、と翔は怒りを抑える。
「夏希から聞きました。早坂君は彼女いない歴二十年ですと」
横井じゃないのか!?夏希…お前だったのだな、と翔はさらに苛立ちを募らせた。
彼女がいたことないなんて言ったら引かれてしまうのではないだろうかと、翔は心配していた。ところが凛は、
「でも、早坂君はその方が良いと思います。他の男の人はみんな、女の子のことを遊び相手としか思ってません」
こんな褒め言葉とも取れる言葉を、まるで感情のないように語る凛。
女の子のことを遊び相手?全員が全員そんなこともないと思うけど、と翔は内心反論しつつも、凛が自分を認めてくれたような気がして嬉しくて先ほどの苛立ちなど全く気にならなくなった。
同時に、クールでそっけない態度で、時々照れてしまう彼女のことが愛おしくなった。
鼓動が早くなる。翔はもう二十歳。
もう何度も経験してきたこの感情。
見えているもの全てが華やかに見えるこの瞬間。
「赤羽さん」
彼女は表情1つ変えずに振り向いた。
「なんでしょう?」
「今日、すごく楽しかったです。もっと赤羽さんのこと……知りたいです」
翔は自分の膝が震えているのがわかった。
口では告白しているのに、頭の中では振られた時になんて言おうかとか、亮介たちに申し訳ないとか、そんなことばかり考えていた。
でも、後悔はしたくない。
植村葉月の言葉…『あなたは失敗してなんかない…ただ、失敗する方法を見つけただけ』。
そうだ、失敗を怖がるな!
「だから僕と…付き合ってください…!!」
遂に言った。鼓動がさらに早くなる。
流れからして、告白されることは分かっていたようなものだと思っていたが、彼女はかなり驚いていた。
「あの…わ、私で良いんですか?」
「赤羽さんが良いんです!!」
翔は念を押すように言った。
彼女は少し黙ってしまった。が、すぐに顔を上げて答えを出した。
「分かりました。お願いします」
「ほ、ほんとですか!?」
彼女はうなづくのでもなくただ俯向くだけだったが、翔は大はしゃぎだった。
初めての彼女がこんなに綺麗な人だなんて、一体誰に自慢したら信じてくれるだろうか。
「よろしくお願いしますね!えっと……」
「呼び方は好きにしてください。こちらも合わせますので」
凛は翔に目を合わせないまま言った。
「じゃあ、凛さんって呼ばせてもらいますね!僕のことは、翔とでも読んでください」
この瞬間、少年の未来が変わったのだった。