少しずつ近づきたい
「もう、ちょっと待って! 待ってってば!」

 彼が店から出ようとすると、後ろから知らない女性が彼の服の袖を掴んでいる。

「一人でさっさと行かないでよ! もう! ちょっとくらい待ってくれてもいいでしょう!」

 後から出てきた知らない女性が柿堺の腕に自分の腕を絡ませた。

「ごめん、ところで・・・・・・さっき連絡があったのって・・・・・・」
「上司よ。上司!」

 彼女は額を手で押さえながら、下を向いたまま深い溜息を吐いた。

「ミスがあったみたいで、明日は早く出勤するように言われた・・・・・・」

 彼女は苛立っていて、上司に対して文句を言っている。

「どんなミスをしたのさ・・・・・・」
「さあ? 何なのか・・・・・・」

 彼女はどんなミスをしたのかわかっていない様子だ。

「もう最悪! せっかく一緒に過ごすことができると思っていたのに・・・・・・」
「ってことは今日はもう帰るの? だってこの後・・・・・・」
「・・・・・・仕方ないわよ。明日はいつもより早起きしないといけないから。久々に恋人と会うことができたのに!」

 その後二人が何を話していたのか、耳に入らなかった。

 気づけば彼女の姿はなく、柿堺は目を見開いて近づいてきた。

「どうしてここにいるの・・・・・・?」
「それはこっちの台詞」

 予定では帰ってくるのは数日先のはずだった。

 それなのに彼は何の連絡もなく帰ってきていて、知らない女性といた。

「そのブレスレット・・・・・・」

 柿堺はブレスレットに気づき、それをじっと見つめている。

 こんなことになってしまうのなら、つけるんじゃなかったと後悔する。

「・・・・・・さっきの人、恋人だったのね。知らなかった・・・・・・」
「いや、待って・・・・・・」

 いつまでも彼のそばにいたくないので、何も言わず背を向けて全力で走った。

 立ち止まることも振り返ることもせず、ただひたすら遠くへ行きたくて走り続けた。

 久々に会うことができたのに、まさかこんなことになってしまうなんて思っていなかった。

 駅の構内の階段を上がるとちょうど電車が来たので、その電車に乗って家に帰った。

 明日が少しはましな日になるとはとても思うことができず、この日は嫌な気分のまま布団に潜って眠りについた。
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