少しずつ近づきたい
 次の日、いつもよりほんの少しだけ遅く出勤した。

「おはよう」
「おはようございます・・・・・・」

 朝一番に挨拶をしてきたのは先輩の石動柾人(いしどうまさと)。

「どうしたの? 今日暗いね・・・・・・」
「いえ、そんなことないですよ!」

 慌てて笑顔を見せても、彼は疑ったままでいる。

「・・・・・・本当に?」
「はい!」

 必死に笑顔を作りながら否定すると、彼は無言になった。

 彼からすぐに離れて自分の席に着いてから時計を見ると、仕事が始まる時間までまだ時間があるので、携帯電話を取り出した。

 メールが数件送られてきていて開くと、その中に柿堺から送られてきたメールがあったので、読もうかどうしようか悩んだ。

 別に読まなくたって構わない。

 数分考えた末、メールを開かず携帯電話をポケットの中にしまった。

 何を送ってきたのか知らないけれど、どうせ読まなくていいことを送ってきたのだろう。大した内容ではないに決まっている。

 喉が渇いたので鞄を開けると、そこにはいつも入れていた飲み物が入っていなかった。

 再度時計を見ると、仕事の時間までまだ時間があるので、財布を持ってエレベーターに向かった。

 自動販売機のところまで行き、どれにしようか迷って歩いていると、足に何かぶつかった。

 何が当たったのかとしゃがむと、小銭入れが落ちていた。

 誰の小銭入れなのかわからないので、見えるところに小銭入れを置こうとした。

「・・・・・・あれ?」
「あっ!」

 ドアを開けて入ってきたのは柿堺だったので、驚いて固まった。

 彼が近づいてきたので急いで戻ろうとすると、道を塞がれてしまった。

「あの・・・・・・そこ、通してください」
「話をしたい。少しだけでもいい・・・・・・」
「お断りします」

 今更何の話をする必要があるのだろうか。

「私はしたくないです。話すことなんて何もありません」

 彼の近くにいたくないので、すぐに離れたかった。
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