少しずつ近づきたい
「メール・・・・・・読んでくれた?」

 携帯電話は上着のポケットの中に入っていて、その上着は自分の椅子の上に置いてある。

 返事をする前に彼は読んでいないということを察した。

「読んでないんだね・・・・・・」
「もう仕事の時間ですから・・・・・・」

 エレベーターのボタンを押す前に腕を掴まれてしまったので、触れることができなかった。
 
「ちょっと何を・・・・・・」
「仕事が終わったら、ここで話をしたい」
「嫌です。邪魔しないでください」

 振り払おうとしても、彼は返事をもらうためにしっかりと腕を掴んでいる。

 仕事に遅れてしまうと焦っていても、返事をするまでこのままであることを言われてしまった。

 仕方なく仕事が終わってから会うことを約束してしまい、彼はそれを聞くとすぐに離れた。

 フロアに戻って、早くも後悔をしている。

 今更時間を作って何を話すことがあるのだろう。

 ずっと頭を抱えながら仕事をしていた。

 今日はミスを三回もしてしまい、その度に上司に怒られた。

 いつもだったら絶対にしないようなミスを連発して、退勤時には一気に暗い気持ちになっていた。

 近くの席にいる数人の社員達の視線を感じながら、デスクの上を綺麗にしてからフロアを出た。

 エレベーターに乗ってボタンを押しかけて、手を止める。

 柿堺に呼ばれていることを思い出し、溜息を吐いた。

 このまままっすぐに帰ってもいいんじゃないか。

 そんなことを一人で考えていた。

「待って!」
「あ・・・・・・」

 顔を上げると、一人の社員が急いで走ってきたので開のボタンを押し続けた。

 急いでエレベーターに乗ってきたのは書類を抱えた石動だった。

「お疲れ様です」
「お疲れ様。良かった、間に合った・・・・・・」

 今から書類を届けに行くところだということを石動が言った。
 何階へ行くのか確認してからボタンを押した。

 エレベーターに乗っている間、二人ともそれ以上話をしなかったからとても静かだった。
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