冷酷上司の甘いささやき
「複雑な手続きだけど、書類の予備とかないから絶対に間違えないで。一時間後にお客さんと応接室入ってるから、そこに持ってきて。じゃ」

言い終えてスタスタと自分の席へ戻ろうとする課長を、私は思わず呼び止めてしまった。


「なに?」

課長はそう言って私のデスクへ戻ってきてくれたけど、顔はさっきと変わらない無表情のままで。


「こ、この量を一時間後は無理かな〜、なんて……」

「無理じゃない。やって」

「そ、そんな! ……ふたりきりの時はもっと甘やかしてくれるのに……」

ほかの誰にも聞こえないような小さな声でそう言うと、


「仕事とプライベートいっしょにするんじゃない」

と、一刀両断される。たしかにその通りですけども。


そういえば、ここ最近は仕事中に課長と話すことがあまりなくてすっかり忘れかけていたけど、もともと付き合う前から、仕事中の課長はとても怖い人だったんでした……。


「うぅ、がんばります」

課長に背を向けて、自分のデスクに書類を広げる。がんばれば一時間でなんとかなるかな……いや、なんとかするしかない……。


そう意気込んでいたその時。



「……がんばったら今夜、すごいやさしくしてやるよ」

突然耳もとでそう言われ、思わずバッと振り返る。


「じゃ、あとはよろしく」

またクールな無表情で課長は自分の席へと戻っていく。


……でも、一瞬だけ見えたよ。とびきり甘い顔した、胸がしめつけられるような、課長の顔。

絶対に私しか知らない、課長の顔。
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