冷酷上司の甘いささやき
「あ、あの……」

「帰ろうとしたら電柱に誰か隠れてるし。変質者かと思ったら戸田さんだった」

課長はいつもととくに変わらないクールな様子で私にそう言う。笑顔はないけど、それはいつものことだし。



「す、すみません。出ていきづらくて……」

私がそう言うと、課長は「べつにいいけど」とだけ答える。
お、怒ってるのか怒ってないのかわからない……いや、怒ってはいないか……。


「……今の人、課長の……」

彼女ですか、となんとなく言いづらくて口ごもるけど、課長は「なに?」としか言わないので、言葉を続けるしかない。


「課長の、彼女ですか?」

「彼女、だった。今フラれた」

「えっ」

今の、別れ話だったんだ……。どうしよう、やっぱり気まずいっ。



「か、彼女さん、私と同じアパートだったんですね〜。私も、ここに住んでるんですよ〜……」

「ああ、戸田さんがこの駅に住んでるって聞いた時、なんか嫌な予感はした」

「うちの銀行の人、じゃないですよね?」

「違う。家具メーカーのOL。知り合いの紹介で知り合った人」

「へ、へぇ。どのくらい付き合ってたんですか?」

「三か月」

「そ、そうなんですね。なんで別れたんですか…はっ! い、いえ、すみません!」

空気が気まずいからなんとか話を無理やりにでも続けようとして、つい余計なことまで聞いてしまった。別れた理由を全然気にしてなかったと言ったらウソになるけど、やっぱり聞いていいことじゃないよね。とくに、今は。
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