冷酷上司の甘いささやき
「あ、あのね、話があって……」

「話? ああ、私も戸田さんにいろいろ話したいことがあったんです」

「え?」

阿部さんからの思いがけない言葉に、私は間抜けな声を出してしまう。阿部さんは楽しそうな笑顔で続けた。



「職場では仕事の話以外はあんまりできないので、仕事が終わったあとにご飯とかしながら、戸田さんともっといろいろ話したいと思ってたんですよ〜」

「え、え」

「戸田さんってひとり暮らしですよね? もしよければ、おうちにおじゃましてもいいですか?」


……なんてこった。特別やさしくしてたつもりはないんだけど、まったく怒らなかったせいもあるのか、私は私が思ってた以上に阿部さんに気に入られていたようだ……。
これじゃ、ますます言いづら……いや、待てよ。


「う、うん。そうだね」

職場でお説教するより、私の家でふたりきりっていう状況で怒った方がいいのかも。
周りの目が気にならないから職場よりも言いやすいかもしれないし、阿部さんも、私に怒られてるところを誰かに見られない方がまだ傷つかないよね。
自分の家に誰かを招き入れるのはあまり好きじゃないけど、この際仕方ない。


「じゃあ、仕事終わったらいっしょにうちまで行こうか。私も今日、定時で上がるから」

私がそう言うと、阿部さんは「はい」と答えた。



今日はノー残業デー。私と阿部さんが帰り支度をする頃は、私たちだけじゃなく、営業さんたちも含めてみんな店をあとにしようとしていた。
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