冷酷上司の甘いささやき
「もういい!! 死んでやる!!」

一階の、階段から見て一番手前の部屋の中から、女性のそんな声が聞こえてきた。

物騒な内容のその言葉に、私と阿部さんはその場でいっしょに足を止め、顔を見合わす。

けど、私はその言葉とはまた別の意味で動揺していた。


……今の女性の声、もしかして、と……。



三秒ほどその場に立ち尽くしていると、突然、ガチャッ! と大きな音を立てて、その部屋から女性が廊下に飛び出してきた。

やっぱりだった。その人は、この前このアパートの外で遠山課長の頬を叩いていた――その女性だった。



その女性は、私と阿部さんの存在に構うことなく、廊下にある高さ百センチほどの仕切りに両手をかけて、叫ぶように言う。


「ここから飛び降りて死ぬからーー!! うわあぁぁん!」

すると、一度閉まった玄関の戸が今度はゆっくりと再び内側から開き、

「近所迷惑だからいい加減にしろ。大体そんな高さから飛び降りてどうやって死ぬんだよ」

という言葉とともに、中から遠山課長が出てきた……。


女性は相変わらず「うわぁぁん」と泣いていたけど、課長は私たちを見て、少し驚いた顔をした……ように見えた。普段からほとんど表情を変えない課長の顔から彼の心情を読み取ることは困難だけれど、たぶん、間違っていない。
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