冷酷上司の甘いささやき
「二十代のうちには仕事辞めたいので、すぐにでも彼氏を作って、すぐにでも結婚を意識してもらいたいんです」

表情はいたって真剣なのだけれど、やっぱり結構酔ってるらしい。普段は同じ話を何回もする子ではないのに、酔っ払うといつもこの話が始まるから。
そのため、日野さんがいかに恋愛をしたいかという気持ちはじゅうぶんわかっているつもりだ。たとえ、その理由が“早く結婚して仕事を辞めたいから”というものだったとしても、日野さんが恋愛に対して積極的で前向きなのは確かだ。


……少なくとも、私なんかより、ずっと。



「戸田さん、また合コンとかあったら誘っていいですか?」

駅のホームでふたりで電車を待っていると、日野さんが私にそう尋ねてきた。

もう春だというのに、今日はなんだか夜風が冷たく感じた。



「うん。誘って誘って」

「よかったです。あ、電車来ましたね」

さほど混んでいない電車にふたりで乗りこみ、並んで座る。

……せっかく誘ってくれてるのに断りにくくて、つい『誘って』なんて言ってしまった。
誘われて、どうするんだ、私。ほんとは合コンなんて興味ないくせに。



乗りこんでから二駅先で、日野さんが降りる。
私はそこからひとり、自分の顔が映る窓をぼーっと見ながら、さらに四駅めで降りる。



夜遅いけど、まだ終電の時間というわけでもない。駅を出た先でも、人通りはそれなりにあった。


街灯もあるし、駅から家まではそれなりに近いけど、最近なにかと物騒だし、私は駅の近くのスーパーの中を通って家に帰ることにした。スーパーの北口から入り、南口から出ると、私の住むアパートは目と鼻の先だ。
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