冷酷上司の甘いささやき
そう思ったら、私の体は勝手に動いた。


――パン……ッ。


私の右手は、阿部さんの頬を叩いていた。静かな店内に、乾いた音が鳴り響いた。ほかの社員の人達も、みんなこっちを振り返ったように思えた。



そして、私は。



「社会人なんだから、やっていいことと悪いことの区別くらいつかないの!? 課長に謝りなさい!」



と、声を荒げてそう言ってしまった。



普段怒らない私の突然のその言動に、部長も課長も、そしてこっちを見ていたほかの社員さんたちも固まったのがなんとなく空気でわかった。
私も、やりすぎたと思った。普段怒らないからこそ、正しい怒り方がわからない。



「え、と……阿部さ……」

我に返り、慌ててなんとかしなきゃと思うけど、時すでに遅しで。




「わああああんっ!」

……阿部さんは、泣き出してしまった。昨日の、課長の元カノさんと同じくらいの、いやそれ以上の大きな声で。

慌てて部長が間に入って、お客さんの目が届かない会議室の中へと阿部さんをつれていった。


私は呆然とその場に立ち尽くした。どうしよう、泣かせてしまった。泣かせないように注意しなきゃとずっと考えていたのに、突発的に怒ってしまって、あんなに泣かせてしまった。
そもそも誰かをあそこまで泣かせてしまったこと自体、今までの人生の中であっただろうか。


なんで私、急にあんなに怒ってしまったんだろう。阿部さんが課長に迷惑をかけて、それで……?
< 36 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop