冷酷上司の甘いささやき
部長は私の顔を見ると、「あはは」と急に笑いだした。
阿部さんを泣かせたことで怒られるのだと思っていたので、私は思わず首を傾げる。


「顔叩いて怒鳴るのはまあ少しやりすぎたかもしれないけど、いいんじゃないの。気にするな」

部長はとくに怒った様子もなく、私にそう言った。


「で、でも、あんなに泣かせてしまって……」

「言わなきゃわからないこともあるしなぁ。俺や課長が阿部の顔叩いて泣かせたらパワハラだのなんだのって絶対言われるけど、相手がお前なら問題ないだろ。べつに本部に報告したりとかもするつもりないから安心しろ」

「……阿部さん、なんて言ってました?」

「戸田さんはやさしい人だと思っていたのに、ひどい、悲しい、切ないってずっと言ってたよ。ネットにいらないこと書き込んだことに対しても、自分がいけないことをしたって自覚がないんだよ。最近の子の傾向かもな」

「……」

やっぱり、そんなに傷つけてしまったんだ。私のこと、信頼して慕ってくれていたのに。


「とりあえず、あの様子じゃ今日はもう仕事にならないと思って早退させた。明日からちゃんと仕事来るかわからないけど……」

部長の言葉に、私は弱々しく「……はい」と答えるしかできなかった。

明日から会社に来ない。そうだよ、その可能性だってある。どうしよう、本当来なかったら。


私と部長との話はそこで終わり、私は部長といっしょに会議室を出て、自分の席へと戻った。

……阿部さんが帰宅して、社員の人数が減って、私が阿部さんの分の仕事もしなきゃいけなくなったのに、仕事はとくに問題なく終わった。
自分がいかに指導が下手で、いかに指導に時間をかけてしまっているか思い知ったような気もして、それもまた悲しくなった。
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