冷酷上司の甘いささやき
ほかの社員さんたちも、誰も私を責めることはしなかった。
それでも、私のせいで阿部さんが泣いてしまったことは事実だから、私はとにかく落ち込んだ。きっと阿部さんはもっと落ち込んでいるから、私がこんな感情になる資格、ないのに。


仕事は十九時少し前には終わり、私はいつも通りの電車に揺られ、家まで向かう。

でも、こんな日は、まっすぐに家に帰ろうってやっぱり思えなくて、私はいつもの映画館へ向かった……。


観る映画はなんでもよかった。適当に、まだ観たことのなかった、孤島が舞台のホームコメディを選んで、館内に入る。

前回来た時ほどではないけど、館内はやっぱり空いている。お気に入りの真ん中の席を選んで座り、映画が始まる時間をボーッとして待つ。


……阿部さん、今頃まだ、家で泣いてるかな。明日、ちゃんと来てくれるかな……。
ボーッとしていると、考えてしまうのはやっぱり阿部さんのことばかり。


すると、誰かが私の右となりの席へと座った。ちょっと、こんなに空いてるのに、なんでよりによって私のとなりに……そう思ってちら、ととなりの人の顔を見ると。



「か、課長!?」

なんと、そこにいたのは遠山課長だった。


「な、ど、どうして、なんでですか!? 偶然ですか!?」

「そんな偶然あったら怖いだろ」
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