冷酷上司の甘いささやき
課長は私の方を見ることなく、まだなにも映し出されていないスクリーンの方をまっすぐに見つめながらそう答えた。


「じゃ、じゃあなんで……?」

「昼間あんなことがあって、もしかしたらまた映画来てるのかなと思って」

「き、来てなかったらどうしたんですか」

「そしたらひとりで適当に映画観て帰る。ていうか、ほとんどそのつもりだった。ほんとにいる確信なんて全然なかったし」


……そんなあいまいな理由で、わざわざ来てくれたの? ……私のために?



「……でも、なんでこの席がわかって……?」

「戸田さんがここに入ってくのが見えたから、チケット売り場の人に、今入ってった子と中で待ち合わせしてるのでとなりの席くれって言った」

「そ、そうなんですね」

やっぱり、私のため……だよね。私を、心配して来てくれたんだよね?

課長、ひとりが好きって言ってたのに。私のために、わざわざ?


……私も私で、映画はひとりで観るのが好きで、誰かといっしょに観るのはなんだか落ち着かなくて、好まなかった。
なのに、今はそれが全然嫌じゃない。
それどころか、課長が私のために……って考えたら、なんかすごくうれしくて。

そりゃあ、誰かが私のためになにかをしてくれたら、その気持ちだけですごくうれしく感じるのは普通だと思う。でも、課長に対しては……やっぱり、それだけじゃない気がして……。



「……ぐす」

私の目から、突然涙がこぼれた。
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