冷酷上司の甘いささやき
「お、おい、泣くなって」

「す、すみません」

おかしいな、泣くはずじゃなかったのに。私が泣くべきことじゃないし。
それに、人前で泣くのはあまり好きじゃないから、いつもだったらどんなに嫌なことやつらいことがあっても、ひとりになるまでは絶対に泣かないようにしている。

……それなのに、なんでこんなに自然に涙が出てきちゃったの?


ちら、と課長の顔を見れば、珍しく動揺したような表情で私を見ていた。
さっきまでスクリーンしか見ていなかった課長が、今は私を見てくれている……それだけのことにも、私はうれしさを感じてしまっている……?
ブサイクな泣き顔を見られているというのに、なにがうれしいんだろう。私は課長に対して、本当にどうかしているみたいだ。


しばらくして、映画が始まった。
もともとはそんなに観たいと思っていた映画じゃなかったけど、内容はおもしろかった。すぐとなりで課長も同じ映画を観ている。そのことに対しても、やっぱりなんだかうれしさを感じた。



上映が終わる頃には、すっかり涙も止まっていた。映画も、結局最初から最後まで引き込まれてしまった。



「映画、おもしろかったですね」

ロビーへと出ながら課長にそう言うと、課長も

「そうだな」

と答えた。課長と同じ映画を観て、同じ感想をもてたことが、うれしく思った。



「あ、課長。じゃあ私はここで」

私がロビーでそう言うと、課長は小さく首を傾げた。
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