冷酷上司の甘いささやき
「ここでって?」

「私、パンフレット買っていくので先に帰っててください」

「は? 待ってるから」

「え、でも悪いですし」

「パンフレット買うのに何時間かける気だよ。夜遅いのにひとりで帰ろうとするな」

課長がそう言ってくれて、私は思わず口が緩みそうになったのを必死で抑えた。

夜遅いから送ってくれるのは、この間と同じく、あくまで上司として。相手が私だからじゃない。そんなのはわかってる。それでも胸がすごく温かくなって……。


「じゃ、じゃあすぐに買ってきますので、少しお待ちください!」

私はそう言うと、レジに向かうため、課長に背を向けた。背を向けた瞬間、やっぱり口元が緩んでしまった。なんだろう、この感情。ただうれしくて温かいだけじゃなくて、なんか、胸の奥がキュンとしているような……



胸がキュン?



「お、お待たせしました」

私はパンフレットの入った手さげ袋を右手に持ち、課長といっしょに並んで歩き始めた。
課長は、私のアパートまで送ると言ってくれた。
やっぱり胸がキュンとした気がして、悪いと思いながらも、お言葉に甘えさせていただくことにした。

いつもはひとりで家まで向かう細くて薄暗い道を、今日は課長といっしょに歩く。


……だけど、胸がキュンっておかしいでしょ。それじゃまるで、恋みたいだ。私が恋なんて、たぶんないと思う。恋なんてしたら、彼氏なんてできたら、ひとりの時間が減ってしまう。結婚だってしたいと思わないし。それがたとえ、私と同じでひとり好きの課長が相手でも。
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