冷酷上司の甘いささやき
そんなことを考えていると。



「……今日のことなんだけどさ」

と、課長に話しかけられる。


「は、はいっ」

そ、そうだった。なんで一瞬でも忘れてしまったいたんだ。今日のこと――つまり、阿部さんのこと!


「そ、その、本当にすみませんでした! 私の指導不足で課長に嫌な思いをさせてしまいまして! しかも、あんな怒り方をして、泣かせてしまって、明日から来なくなったら、その……!」

ど、どうしよう。動揺して、言葉がまとまらない。すると課長は、足を止めた。私も同じように、課長のとなりで立ち止まる。


「課長……?」

「ありがとな」

「え?」

「俺のことで、あんなふうに怒ってくれて」

……そう言うと、課長は小さく笑った。辺りは暗いけど、はっきりと見えた。課長の、その笑顔が。


「そ、そんなお礼なんてっ……。変なウワサが会社中に広まってしまったのに……!」

「会社中って。大げさ。いくつかの支店でそういう話がおもしろおかしく回っただけだよ」

「お、おもしろおかしく、ですか?」

「たぶん、深刻にとらえてるの戸田さんだけ。阿部さんがどう感じたかはわからないけど。部長は会議室でずっと大爆笑だったし、その話を聞いたほかの店の顔なじみの社員からも、内線ごしにからかわれただけ」

「そ、そうなんですか!?」

「まあ、中には誤解する人もいるかもしれないけどさ。でも、俺が何年会社で真面目に働いてると思ってるんだよ。そんな話、ほとんど誰も信じないよ。まあ、日頃の行いのよさも関係してるけどな」
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