私の彼、後ろの彼。
「璃子!帰ろー」
教室の扉で美香と健人が私の帰りを待っていてくれた。
ホームルームが一番最後だったのは、どうやら私たちのクラスらしい。
他の教室を覗くと、生徒は2・3人しかいなかった。
「お待たせ」
私は美香と健人の顔を見てホッとした。
「璃子、大丈夫だったか?」
健人が心配そうな顔で聞いてきた。
「知ってる人が1人もいないから、凄く寂しい」
2人の前では何も気を遣うことがなかったが、さっきのことは黙っておくことにした。
自分の思っていることを言える安心感がある。
私は美香と健人の後に続いて教室を出た。
玄関を出て、自転車で登下校している健人と別れ、私と美香は歩いて帰った。
帰りの道のりで、今日は聞かれたくないと思っていたことを聞かれてしまった。
それは、新田真のこと。
「そういえばさ、新入生代表の人、璃子のクラスじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ」
「その人って、名前呼ばれるまで寝てたんでしょう?」
「そうだよ。」
「なんか隣の人に寄りかかってたらしいよね」
「うん、そうだよ」
「え…?どういうこと?」
美香は不思議そうな顔で私を見た。
「そうだよ、って。もしかして、璃子があの人の隣だったりして」
美香の勘は鋭く、的確な時が稀にある。
それが今日だったということは、私の運がなかっただけだろう。
「うん。そうだよ」
「そうだよ、って。やっぱり美香は正直者だな」
違うと嘘をついても良かったが、あの時のことは多くの人が見ていた。
美香や健人に伝わるのもそう遅くはない。
「で、どうだった?」
急に美香の声色が変わった。
表情もどことなく真面目な、固い表情になった。
「何が?」
私は全く、ピンとこなかった。
「かっこよかったかどうかってことに決まってるじゃない」
美香は本当に真面目な表情だった。
「かっこいいもなにも、私もあまり顔を見ていないの」
「こんなとこだけ嘘つかないでよー」
「いや、本当に。あの人眼鏡かけてたし。なんか下向いてたから、よく見えなかったの」
「そんなー。かっこよかったら偵察に行こうと思ってたのに」
美香はふて腐れてブレザーのポケットに手を入れて、ズンズンと先に歩いていってしまった。
「美香、待ってよー」
「だって、璃子が教えてくれないから」
美香はまた頬を膨らませて怒って見せた。
美香はサバサバしたところはあったが、その反対に頑固なところもあった。
興味のないことに関してはとことん話を聞かないが、少しでも気になることがあると端から端まで話の一字一句を取り逃さないように聞いてくる。
美香にとって新田真は、気になる人間だったようだ。
「じゃあさ、明日、うちの教室にきて見てみればいいんだよ」
「そっか!璃子に会いに行くっていうことなら4組の教室に入っても問題ないもんね」
「うん。そうだよ」
我ながら良いアイディアを出したと思って何だが満足してしまった。
美香は機嫌を取り戻して、スキップしそうなほど軽やかな足取になった。
「それじゃあ、また明日」
私は美香と別れ、角を曲がってしばらく歩いた。
今日は「そうだよ」としか言葉を発していないのではないかと思って少し笑いそうになりながら家に入った。
「ただいま」
家には誰もいなかった。
お母さんは仕事だし、お姉ちゃんは大学に行っている。
「てんちゃん、ただいま」
「璃子、おかえり」
私は振り向いて、てんちゃんに話しかけた。