私の彼、後ろの彼。
「これからあなたは3年間、守護霊になるための勉強をします。3年後に試験を行い、結果が良ければ守護霊として一人立ちをすることになります。あなたが守護霊になるまでの間は、私があなたの指導霊です。勉強をする中で、見込みがないと思えば指導をやめます。その場合、今まで人間界で生きてきた思い出や、これから学ぶ守護霊についての記憶は全て消されます。今、守護霊になることを辞めたいと言うのであればすぐに手続きをして取り止めます。しかしこの場合も全ての記憶が消されます。よろしいですか」
私は颯零さんの話が終わるまで口を出さずに待ち続けた。
「あの…」
「何でしょうか」
私は1つだけどうしても気になることがあった。
それは…。
「俺の新しい名前の天零って、どういう意味ですか」
「名前ですか」
颯零さんは少し間の抜けた声を出した。
きっと、私がこのようなどうでもいい質問をしたからだろう。
「名前は守護霊になった場合にのみ定められます。守護霊の名前は、自分の名前と指導霊の名前を取ってつけるのが掟なのです」
颯零さんはどうでもいい私の質問に答えてくれた。
「それでは、颯零さんの名前は何だったんですか」
「私が人間界にいる時は、赤羽零(アカバネ レイ)という名前でした。そして私の指導霊は審議場にいた審判霊総監の 恒颯(コウソウ)さん。恒颯さんの指導霊は女性だった。守護霊の世界では、女性は男性に習い男性を指導する。その反対に男性は女性に習い女性を指導する。いずれあなたが立派な守護霊になって、指導霊になることができたら、あなたも女性を教えて、天零という名前も引き継がれることになるわ」
「俺の名前か」
私は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
この霊界は、今まで生きてきた中でも、強く自分の存在意義を実感できる場所であった。
もう、人間界には存在していないが、私の記憶はまだ続いていた。
そして私の記憶の中では人間界で人間として16年間生きたことよりも、霊界で守護霊といて存在していることの方がずっと長かった。
「ところで天零。もう、俺、という一人称の使い方は止めなさい」
「え、なぜですか」
「あなたは守護霊になりました。守護霊としての威厳を保つため、皆自分のことは、私と呼んでいます。それに今のあなたには似合わないでしょう。年齢相応の振る舞いをしてください」
「年齢相応って…」
私はまだ16歳になったばかりだった。
だって、人間界を離れたのが16歳だったから。
しかし、私の予想を遥かに越える出来事はすでに起こっていた。
「では、天零。鏡を見てみなさい。あなたは今、29歳です」
「は…?」
私は颯零さんが何を言っているのか分からなかった。
私はまだ16歳。
29歳なはずがなかった。
私は、何をバカなことを言っているんだと思い、意気揚々と部屋の隅に備えてある鏡を見た。
「嘘だろ」
私は自分の目を疑った。
何度も何度も目を擦り、ゆっくり開ける。
もう一度目を擦って、開ける。
5回、6回と続けてみたが、鏡に写る自分の姿は変わらなかった。
鏡に写っていたのは16歳の幼い少年ではなかった。
立派な青年だった。
元々くせっ毛だった髪はくるくると四方八方にうなり、真ん丸だった瞳は瞼が重くなり、少しだけ細くなっていた。
「俺…、なんでだよ」
私はただ鏡を見続けた。
「私たち守護霊はみんな29歳なの。90歳まで生きて亡くなった人でも、1歳で亡くなった人でも、みんな29歳に戻ったり成長したりするのよ」
「29歳」
「そう。だから天零の場合には29歳に成長したってことになるわね」
「ちょっと待って…。颯零さんの指導霊だった審判霊総監は年配の老人でしたよね」
みんな29歳になるというのであれば、私は自ら見たものを否定することになるのではないかと不安になった。
「守護霊は、守護霊としての役目を終えると自分が好きな年齢に戻れるの。多くの場合、自分が亡くなった時の年齢に戻りたがるようで、老人になる霊がほとんど。それに、50歳以下の年齢に戻るという霊は、守護霊の世界から出ていかなければならないの。その時、最初に言ったように記憶は全て消される。だから余計に年配の霊が増えるの」
私は颯零さんに質問を投げ掛けておいて、ほとんど聞かずにずっと、自分が写り鏡を見ていた。
「29歳…」
こうして私は、自分の姿を受け入れられないまま守護霊への道が始まった。