私の彼、後ろの彼。
「ねえ、てんちゃん」
私は家に帰り、誰もいないことが分かるとてんちゃんに話しかけた。
「璃子、どうした」
てんちゃんの声は生まれたときから変わらず優しかった。
「新田真、どう思う」
私の質問にてんちゃんは腕組みをして目をつむった。
それが、考え込んでいるからなのか、私が制服を脱いで着替えを始めたからなのかは分からないが「うーん」と鼻を鳴らしていた。
「きっと悪い人ではないよね」
「うん。悪い人ではないよ。それは安心しても大丈夫だと思う」
「何でそんなこと分かるの。もしかしてオーラとか見えるの」
以前、オーラが見える人がいるとか何とかって教えてくれた。
「残念だけど私はオーラが見えないんだ。でも、新田君が悪い人じゃないってのは分かる」
今度は私が腕を組んで考えた。
だが、答えはすぐに解けてしまった。
「新田君ね、教室から戻ってきて璃子が前に座ると、ずーっと璃子のことニコニコしながら見てたんだよ」
「うそっ」
私は思わず両手で口を覆った。
思った以上に大きな声が出てしまったから。
家の中には私とてんちゃんしかいないって分かってるけど、どこで誰が何を聞いているのか分からない、とてんちゃんはいつも言っていた。
「璃子はあんなに嫌な顔をしてたのにな。新田君はニコニコしてたよ」
「だって、なんや嫌な感じだったんだもん。それに入学式で寝るなんて最低だよ」
私は彼に対して9割、嫌なことしか思い浮かばなかった。
式の最中に寝るし、呼ばれても気付かなかったし、それなのに新入生代表の挨拶とかするし、ペンは持ってこないし、いきなり背中をツンツンするし、もう私には意味が分からなかった。
15年も生きてきたけど、あんなに最悪な出会いをしたのは初めてだ。
そんな話をしているとてんちゃんは大声でお腹を抱えて笑った。
「私もそんな出会いをした人間を見るのは初めてだよ」
涙を目に浮かべるほど笑っていた。
「てんちゃんは良いよね!誰にも声が聞こえないんだから。大声で笑っても誰にも聞かれないんだから」
「ごめんごめん」
てんちゃんはようやく笑いを沈めてベッドにもたれ掛かって座った。
「でも新田君、なかなかカッコよかったじゃないか」
てんちゃんに図星を射ぬかれてしまった。
守護霊は人間の心までを読み取ることはできないと言っていたのに、てんちゃんは嘘を見抜いたのかと思うほど的確だった。
確かに、彼に対して9割りは嫌なことだったが、残りの1割り忘れられないものがあった。
それは、キラキラとしたあの彼の目。
後ろを振り向いた瞬間に黒縁メガネの奥できらめく瞳を忘れられなかった。
吸い込まれそうなほどの何か、魅力があった。